起業家教育は日本に根付くのか~神山まるごと高専の実験が示した未来~

記事の要約

徳島県・神山町に開校した「神山まるごと高専」は、日本初の“起業家育成”を掲げた全寮制の私立高専で、倍率は10倍、学費は企業の支援により実質無償。学生はテクノロジーとデザインを軸に社会課題へ挑み、文化祭の決済アプリ開発や人工孵化研究など、学びが社会的意義と結びつく点が特徴。一方、「必ず起業させる教育」ではなく、迷いや進路の多様性も尊重されており、出口は起業に限定されない。世界で進む起業家教育との比較を踏まえると、日本に定着する条件は「再挑戦の文化」「社会と接続した学び」「進路の多様性」の三つだと考えられる。起業家教育は起業家量産ではなく、選択肢を自分で選べる人を育てる教育である。

本記事

「うちの子どもが、もし『起業したい』と言い出したらどうしよう。」

保護者の方と話していると、ときどきそんな本音がこぼれます。日本ではまだ、「起業=特別な人の選択」「安定した会社に入るほうが安心」という価値観が根強くあります。

その一方で、徳島県の山あいに、日本初の“起業家を育てることを目的とした”高専「神山まるごと高専」が生まれました。倍率は約10倍、全寮制、学費は実質無償。そしてコンセプトは「モノをつくる力で、コトを起こす」。

私は今回、Yahoo!ニュースの記事とテレビ東京「ガイアの夜明け」の特集を読み・視聴した上で、神山まるごと高専という試みを「日本の起業家教育の実験」として捉えたいと思いました。本記事では、中学生とその保護者の方が読者であることを意識しながら、できるだけやさしい言葉で、この学校の特徴と「起業家教育は日本に根付くのか」という問いを考えていきます。

参考にした記事・番組

本記事は、以下の報道・番組を読んだ/視聴したうえでの考察・感想に基づいています。

番組では、文化祭の決済アプリに挑戦する生徒、脳波でモノを動かす研究をする1年生チーム、中学時代から人工孵化の研究を続ける3年生などが紹介されていました。また、企業やスタッフ側の視点、そして「本当に起業家になりたいのか」と進路に悩む1期生の姿も、カメラは丁寧に追っていました。

神山まるごと高専とはどんな学校か

まず、基本情報を整理します。

  • 所在地:徳島県名西郡神山町(人口約4,600人の山あいの町)
  • 学校種別:私立の5年制高等専門学校(いわゆる「高専」)
  • コンセプト:「モノをつくる力で、コトを起こす」
  • 定員:1学年あたり約40名
  • 形態:全寮制(原則として全員が寮生活)
  • 特徴:テクノロジー(技術)とデザインを軸に、起業家や実務家による講義が多い

キャンパスがある神山町は、早い時期から光ファイバー網を整備し、都市部のIT企業のサテライトオフィスが集まり、「奇跡の田舎」と呼ばれてきました。こうした「自然×テクノロジー×企業」が共存する環境の中に、この高専は位置しています。

なぜ学費が「実質無償」なのか

神山まるごと高専の大きな特徴のひとつが、「学費実質無償」です。

学校側は、1人あたりの本来の学費コストを年間約200万円と試算しています。人件費や設備費などを含めるとこれくらいになる、という説明です。

この学費をどうまかなっているのかというと、「奨学金基金」の仕組みが使われています。企業や個人が10億円単位で拠出し、約100億円規模の基金を運用。その運用益を、給付型(もらう側が返さなくてよいタイプ)の奨学金として学生に支給するスキームです。

ソニーグループ、ソフトバンク、デロイトトーマツ、セプテーニ、リコーなどの企業が「スカラーシップパートナー」として10億円を拠出したことが報道されています。

企業にとっては「将来の人材への長期投資」であり、学生にとっては「経済的背景にかかわらず学びに集中できる環境」が整う。ここに、従来の奨学金とは少し違う、新しい仕組みの価値があります。

入試の仕組み:ペーパーよりも「問い」と「マッチ度」

次に、受験方法についてです。細かな方式は年度ごとに変わる可能性がありますが、2025〜2026年度の入試要項を見ると、次のような特徴があります。

  • 出願書類:志望理由書、調査書、課題レポートなど
  • 一次試験:学力試験(数学・国語)を含むオンライン試験
  • 二次試験:ワークショップ(モノづくり型のグループ課題)、グループ面接、個別課題
  • 評価:学力だけでなく、「神山まるごと高専とのマッチ度」を総合的に判断

ポイントは、「面接やワークショップの比重が高い」という点です。志望理由書や課題レポートでは、「どんな社会課題に関心があるか」「なぜその課題に向き合いたいと思ったのか」といった内容が問われます。

また、番組内でも触れられていましたが、一次試験で不合格になっても、C方式などを通じて再チャレンジできる仕組みが用意されています。これは「起業は一度で決めるものではなく、挑戦とやり直しの連続」という考え方とも重なる部分です。

ここで重要なのは、「ペーパーテスト対策だけでは乗り切れない」ということです。日頃からニュースや社会問題に目を向け、「自分はどんなことにモヤモヤするのか」「それをどう変えたいのか」と考えているかどうかが、そのまま入試で問われます。

個人的な意見としては、これは中学生にとってかなりハードルが高い問いである一方、「自分ごととして社会を考える」という意味では非常に価値ある経験だと感じます。

学びの中身:テクノロジー×デザイン×社会課題

神山まるごと高専のカリキュラムは、テクノロジー(プログラミング、電子工作、AIなど)とデザイン(UI/UX、グラフィック、サービス設計など)を柱に、実際の社会課題に向き合うプロジェクト型の学びが多いと言われています。

番組で印象的だったのは、すでに具体的なテーマを持って活動している学生たちの姿でした。

  • 中学時代から「ウズラの有精卵をニワトリの卵の殻の中で人工的に孵化させる」研究を続けている3年生
  • 脳波でモノを動かす技術に挑戦し、将来、身体が動かしにくい人の手助けにつなげようとしている1年生チーム
  • 寮生活の不便さを解決するために「DOME」というアプリを開発し、外出届や洗濯機・自転車の予約などを一元化した3年生

これらは、単なる“面白いアイデア”ではなく、「誰かの困りごと」を起点にしています。たとえばDOMEは、外出届をアプリ化することで寮職員の業務を楽にし、食堂の欠食管理を効率化し、さらに学生生活のストレスも減らしていました。

個人的には、こうした「社会的存在意義(自分が社会の役に立っている感覚)」と「学び」が一致したとき、子どもの学ぶ意欲は大きく高まると考えています。

文化祭も「実験の場」になる

番組では、文化祭の決済をキャッシュレスにするアプリを作ろうと奮闘する3年生の姿も紹介されていました。町の高齢者に協力してもらいながらアプリの登録を進めるのですが、思った以上に操作に時間がかかり、現場で大きな壁にぶつかります。

これは、「テクノロジーを社会に実装する」というときに必ず直面する課題です。アイデア段階では便利そうに見えても、実際に人に使ってもらうと、操作の複雑さや、年齢や経験による“デジタル格差”が一気に浮き彫りになります。

こうした失敗や試行錯誤を、10代のうちから経験できるのは大きな財産です。中学生の皆さんにとっても、「アプリを作ること」と「アプリを使ってもらうこと」は別物だ、という感覚を持てるのは、将来どんな仕事についても役に立つ視点だと思います。

「起業家教育」が世界で進む理由

では、そもそもなぜ今「起業家教育」が注目されるのでしょうか。

世界的な調査であるGEM(Global Entrepreneurship Monitor)の報告によると、日本は起業環境の評価スコアが他国と比べて低く、2023年には全体の起業環境スコアが4.4と「十分とは言えない水準」と評価されています。

OECD(経済協力開発機構)の若者に関するレポートでも、日本の若年層は他国に比べて「自分でビジネスを始めたい」と考える割合が低い、という指摘があります。

一方で、イスラエルやアメリカ、北欧諸国などでは、小中高の段階から「問題を見つける→チームでアイデアを出す→小さく試す→振り返る」というサイクルを教育の中に組み込む動きが広がっています。

ここで言う「起業家教育」とは、必ずしも「会社をつくるための授業」だけを意味しません。

  • 自分で問題を見つける力
  • 他者と協力して解決策を考える力
  • 小さく試して、うまくいかなかったら修正する力
  • 人前で自分の考えを伝える力

こうした力を総合して「アントレプレナーシップ(起業家精神)」と呼ぶことが多いです。

個人的には、この力は「起業する/しない」に関係なく、これからの時代を生きるすべての子どもに必要な基礎体力だと考えています。

日本に起業家教育は根付くのか

では、「日本に起業家教育は根付くのか」という本題に戻りましょう。

私は、神山まるごと高専のような取り組みが「増えるかどうか」だけがポイントだとは思っていません。それ以上に大事なのは、次の3つの条件だと考えています。

  1. 失敗や再挑戦が前提になっているかどうか
  2. 学びが「社会の役に立つ実感」と結びついているかどうか
  3. 出口(進路)が“起業だけ”に固定されていないかどうか

起業は、きれいごとだけでは成り立ちません。資金、競合、法律、トラブル、責任……大人の世界の“きれいではない部分”とも向き合う必要があります。だからこそ、未成年に「とにかく起業しろ」と背中を押しすぎるのは危険です。

番組内で、スタッフが「起業しようよ、と言い切ることへの怖さ」を口にしていたのが印象的でした。学生の未来を“こちら側の理想”で決めてしまわないように、慎重に言葉を選んでいる。その姿勢は、教育者としてとても健全だと感じます。

実際、1期生の中には「自分は本当に起業家になりたいのか」「他の道もあるのではないか」と悩む学生も出てきています。これはごく自然なことですし、むしろ健康的な揺れだと思います。

「起業だけが正解」にならないことが大事

ここで、保護者の方に特にお伝えしたいことがあります。

起業家教育は、「起業だけが正解である」と子どもに刷り込むものではありません。むしろ、次のような出口がすべて「アリ」だと認める前提が必要です。

  • 卒業後、すぐに起業する
  • 一度は企業に就職し、経験を積んでから起業する
  • 大学に編入して研究を深める
  • 地方自治体やNPOで働き、社会課題の現場に飛び込む
  • 家業を継ぎ、そこに新しいやり方を持ち込む
  • 仲間のスタートアップにジョインしてチームで挑戦する

個人的には、「起業家教育」とは「自分で選べる人を育てる教育」であるべきだと思っています。選択肢が増え、その中から自分で選んだという実感があることが、人生の納得感(後悔の少なさ)につながるからです。

地方×寮生活×仲間――環境が与えるもの

神山まるごと高専は、都市部から離れた山あいの町にあり、全寮制です。この「地方×寮×仲間」という組み合わせも、見逃せないポイントです。

  • 情報が多すぎない環境:都市部と比べ、誘惑やノイズが少ない分、目の前のプロジェクトに集中しやすい。
  • 寮生活による人間関係の濃さ:24時間の共同生活の中で、衝突やすれ違いも含めて「人と付き合う力」が鍛えられる。
  • 多様なバックグラウンドを持つ仲間:全国から集まった「ちょっと変わった中学生・高校生」が出会うことで、視野が広がる。

中学生の皆さんにとって、「同じ学校の友だち」とは違う価値観を持った仲間と共同生活をすることは、それ自体が大きな学びです。保護者の方にとっては、我が子が親元を離れることへの不安もあると思いますが、一方で「家庭では絶対に与えられない経験」を得られる場でもあります。

保護者と中学生へのメッセージ

最後に、この記事を読んでいる保護者と中学生の皆さんに向けて、メッセージをまとめます。

まず保護者の方へ。

「起業家教育」という言葉に、構えなくて大丈夫です。大切なのは、子どもが「たくさんの選択肢の中から、自分で選べる状態」にあることです。起業するかどうかは、その先の話です。

もしお子さんが、神山まるごと高専のような学校に興味を持ったら、ぜひ一緒に情報を調べてみてください。そのうえで、「こういう学び方もあるんだね」と、ひとつの進路の候補として話し合ってもらえたら良いと思います。

そして中学生の皆さんへ。

起業するかどうかは、今決めなくてもかまいません。それよりも、「自分はどんなことにモヤモヤするのか」「社会のどんなところを変えたいと思うのか」を、少しずつ言葉にしてみてください。

その“モヤモヤ”こそが、将来のプロジェクトや仕事のタネになります。起業家教育とは、そのタネを育てる場所のひとつにすぎません。

未来は「正しい答えを知っている人」がつくるのではなく、「問いを持ち続け、動き続ける人」がつくっていきます。神山まるごと高専のような学校は、そのための“実験場”なのだと、私は感じています。

執筆者情報

比嘉 大(ひが たけし)
沖縄県を拠点に、中学受験・高校受験に関する情報発信を行う教育インフルエンサー。講師歴20年以上。学習塾の運営のほか、調剤薬局、ウェブ制作会社、ウェブ新聞「泡盛新聞」の経営など、25歳で起業して以来、自社7社・間接経営補助10社を展開。「教育が沖縄を活性化させる」という志を持ち、地域学力や家庭教育の課題について積極的に発言している。

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