本文要約
学校と塾は対立関係ではなく、役割分担によって共存している――教育社会学研究はそう示している。実際、教師は塾を学力向上の専門家として認めつつ、自らは別の領域に専門性を見いだしている。ただし沖縄進学塾の現場経験から見ると、地域文化や進路観によって両者の境界は揺れ動く。特に公立志向の強い地域では、進路選択の提示が摩擦を生むこともある。受験は努力だけでなく制度理解と情報量が結果を左右するため、家庭は学校・塾・公的情報を比較し、多角的に判断する姿勢が重要である。


参考研究の要約
教育社会学研究では、公立中学校教師へのインタビューを通じて、教師が学習塾をどう位置づけているかが分析されました。
主な知見は三つです。
- ① 教師は塾を否定していない:塾を「学力向上の専門家」と認識している
- ② 学力と人格を分けて理解している:学力向上=塾、人格面=学校という役割分担が語られている
- ③ 制度との矛盾があっても認識は維持される:評価制度とのズレがあっても自己理解は大きく変わらない
研究は、学校と塾は対立ではなく「境界(バウンダリー)」を引きながら共存していると示しています。
【教師は、学習塾の存在をどう受け止め、自らの役割をどう位置づけているのか?】本研究の目的は、学習塾が広く受け入れられている現代において、教師が塾講師との違いをどのように語り、その中で自らの専門性をどのように位置づけているのかを明らかにすることです。理論枠組みとしてFournierのバウン… pic.twitter.com/5IXGNCscK9
— 教育探究ひろば (@tankyuhiroba) February 18, 2026
参考論文:学校と学習塾の〈境界〉――学習指導をめぐる教師の専門性の構築過程――
しかし、沖縄の現場はどうか
理論は理解できます。ですが、沖縄進学塾を立ち上げた初期の経験を振り返ると、もう少し現実は生々しい。
開校間もない頃、近隣中学校から直接お電話をいただいたことがあります。
「勉強量が多すぎるのではないか」
生徒からはこうも聞きました。
「学校で塾のことをあまり良く言われなかった」
もちろん、すべての学校ではありません。現在は良好な関係を築いている学校も多くあります。ただ、あの空気は確かに存在しました。
摩擦の原因は何だったのか
冷静に分析すると、争点は「学力」ではありませんでした。問題は進路の提示範囲でした。
沖縄では公立高校志向が強い地域文化があります。そこに私立併願、複数進路、偏差値による選択肢の提示を行った。塾としては「可能性を広げる」意図でしたが、学校の進路指導領域に踏み込んだ形になったのだと思います。
これは研究で言う「境界の重なり」と一致します。
データで見る学校と塾の関係
感覚論だけでは不十分です。ここで客観的な情報を整理します。
文部科学省「子供の学習費調査(令和3年度)」によると、中学生の通塾率は全国で約7割前後に達しています。これは、塾がもはや「補習機関」ではなく、教育構造の一部になっていることを意味します。
また、学校基本調査では全国的に公立高校進学率は約7割台ですが、沖縄ではそれより高い傾向が見られます(※学校基本調査参照)。つまり沖縄は、公立志向が相対的に強い地域である可能性が高いと言えます。
構造を可視化する
文章だけだと整理しづらいので、役割を「三層モデル」で見える化します。
| 層 | 主な役割 | 特徴 |
|---|---|---|
| 家庭 | 価値観の基礎形成 | 最も長期的影響 |
| 学校 | 集団社会の経験 | 公的評価の場 |
| 塾 | 受験戦略と情報 | 合格確率を上げる |
この三層は対立関係ではありません。問題が生じるのは、どこかが他の領域に踏み込んだときです。
研究と沖縄現場の比較
| 視点 | 研究結果 | 沖縄進学塾の実体験 |
|---|---|---|
| 塾への評価 | 基本的に肯定 | 地域により温度差あり |
| 役割理解 | 学力=塾/人格=学校 | 進路提示で摩擦発生 |
| 摩擦の原因 | 理論上は低い | 公立志向との緊張 |
理論と現実は一致している部分もありますが、地域文化が入ると変数が増えるのです。
学校は人格形成の主体か?
研究では教師が人格面を重視していると示されています。しかし現場感覚としては、人格の基盤は家庭で築かれ、学校はそれが表れる場という側面が強いように思います。
現代は、学校が家庭の価値観に深く踏み込むことが難しい時代です。保護者の教育観は多様化し、学校は慎重な対応を求められます。だからこそ、役割は自然と分化していくのかもしれません。
受験は努力ではなく構造理解で決まる
受験は感情で語られますが、結果は構造で決まります。
- 入試制度
- 倍率
- 配点
- 内申評価
これらを理解している家庭が有利になる。沖縄のように情報流通が都市部より限定的な地域では、なおさら複数の情報源を持つことが重要です。
学校の先生の意見は大切です。しかしそれだけに依存するのは危うい。塾、公的資料、AI検索、比較検討。それが今の受験環境です。
官民一体となる教育こそ理想である
学校は敵ではありません。塾も万能ではありません。
沖縄進学塾がかつて経験した摩擦は、いま振り返れば必要な過程だったのかもしれません。境界が揺れたからこそ、それぞれの役割が見えてきた。
教育は一枚岩ではありません。家庭、学校、塾。三つが緊張感を持ちながら支え合う構造です。そして最終的に選ぶのは、子どもと保護者です。
答えは一つではない。だからこそ、考え続ける価値がある。
執筆者情報
比嘉 大(ひが たけし)
沖縄県を拠点に、中学受験・高校受験に関する情報発信を行う教育インフルエンサー。講師歴20年以上。学習塾の運営のほか、調剤薬局、ウェブ制作会社、ウェブ新聞「泡盛新聞」の経営など、25歳で起業して以来、自社7社・間接経営補助10社を展開。「教育が沖縄を活性化させる」という志を持ち、地域学力や家庭教育の課題について積極的に発言している。






















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