大学全入時代の“学び方”と“進路”を考える~自己調整学習から始まる教育の再設計~

記事概略

日本は大学全入時代に入り、学び方の議論が進む一方で、進路の出口が「大学一択」に近い状況が続いている。参考記事は、テスト成績につながるには「精緻化・体制化・モニタリング」の3つの学習方略が重要と指摘する。教育の目的は全員を大学に進ませることではなく、基礎学力を保障しつつ進学・職人・就職など多様な進路を選べる状態にすることだ。進路選択は自己調整の延長であり、子どもが自分の人生を選ぶ力を育てることこそ教育の本質である。


1.参考記事の要約

本記事のもとになっているのは、東洋経済オンラインに掲載された以下の記事です。

授業は活発でもテストの成績が上がらない…学校現場の「学び方の指導」が表面的になっている? 本当に学力がつく「3つの方略」と指導の設計図
https://toyokeizai.net/articles/-/928705

この記事では、自律的な学習者を育てるための「学び方の指導」が、学校現場では主に「環境調整」や「作業マネジメント」に偏っていると指摘されています。たとえば、

  • どこで勉強するかを子どもに選ばせる
  • ひとりでやるか、友達とやるかを自由に決めさせる
  • ドリルのページ数や進度を子どもに任せる

といった自由度は与えられているものの、いざ単元テストをすると成績が伸びていない、という現象が起きているという問題提起です。

その背景には、単に「環境」や「やり方」を選ばせているだけで、子どもたちの頭の中でどのように情報を処理するかという、認知的な「学習方略」の指導が不足していることがあると述べられています。

記事の中では、特に重要な学習方略として、次の3つが紹介されています。

  • 精緻化方略:新しい知識を、すでに知っていることや具体例、理由づけと結びつけて「自分ごとの知識」にしていく方法。
  • 体制化方略:バラバラな情報をグループ分けしたり、関係性を整理したりして構造化する方法。
  • モニタリング方略:自分の理解度や学習状況を点検し、「わかったつもり」を防ぐ方法。

これらの方略を「先生に言われた通りにやる」のではなく、子ども自身が課題に応じて選び、実行できるようになることがゴールだとしています。そのためには、学習科学で言われる「観察 → 模倣 → 自己制御 → 自己調整」という4段階で指導を設計していく必要がある、というのが記事のメッセージです。

2.学び方の議論は、進路とキャリアの議論につながっているか

ここからは、参考記事を読んだうえでの、個人的な意見を含んだ考察です。

近年、教育の世界では「自律的な学習者」「自己調整学習」「自由進度学習」「探究学習」など、主体的な学びをめぐるキーワードが多く語られるようになりました。授業スタイルは一斉指導だけでなく、グループワークやプロジェクト型、オンライン活用など多様化しています。

しかし、興味深いことに、この「学び方」の議論は、必ずしもその先の「進路」や「キャリア」の議論と十分に接続されていません。言い換えると、

・学びの方法は多様化しているのに、出口としての進路は相変わらず「大学進学一択」に近い。

という矛盾が残っているように見えます。

文部科学省の学校基本調査を見ると、日本の高等教育機関(大学・短大・専門学校など)への進学率は長期的に上昇し、いわゆる「大学全入時代」と呼ばれる状況に近づいていると言われます。少子化で定員に空きが出ている大学も多く、「とりあえず大学には入れる」構造ができつつあります。

大学進学が悪いということではありません。ただ、「みんなが行くから」「行かないと不安だから」という理由だけで、ほぼ自動的に進路が決まっていくとすれば、それは本当の意味で「自律的な選択」とは言えないでしょう。

3.勉強したい子は勉強すればいい。ただし、全員に同じゴールを求めない

ここからは、個人的な意見としての立場をはっきり述べたいと思います。

勉強したい子は、思い切り勉強すればいい。でも、全員が同じように勉強して同じような進路を目指さなければならない、という前提は見直した方がよい。

これは「勉強なんかしなくてよい」という投げやりな話ではありません。「もし勉強以外のことに心から熱中できるのであれば、その分野に早めに時間とエネルギーを投資する選択肢もあっていいのではないか」という、ポジティブな意味での問題提起です。

OECDが推奨する職業教育・訓練(Vocational Education and Training:VET)の分野では、ドイツやスイス、オーストリアなどがよく紹介されます。これらの国では、中等教育の段階から「職人」「技術者」としてのキャリアに直結する教育ルートが整備されており、高度な技能を持つ人材が社会的にも経済的にも高い評価を受けています。

一方、日本では「現場で働く人」「職人」「技術者」の賃金や社会的評価が、必ずしも十分とは言えない現実があります。厚生労働省の賃金構造基本統計調査などを見ても、大卒総合職と比較した場合の技能職の賃金水準は見劣りする面があります。制度や社会の価値づけが違えば、同じ「働くこと」の意味も大きく変わる、ということを示しています。

4.義務教育の役割は「最低限の基礎」と「多様な出口」の両立

では、義務教育は何を担うべきなのでしょうか。

国際的な議論では、OECDが義務教育の目的として、「基礎的な学力(読み書き・計算・科学的リテラシー)」「市民性」「健康」「社会参加」などを挙げています。特に、読み書きと計算は、多くの研究で「その後の収入」「健康」「主観的な幸福感」とも一定の関係があることが示されています。

ここは、日本でもほとんど異論のないところでしょう。中学生や保護者の皆さんにとっても、「最低限の読み書き計算は、生きていくうえで武器になる」という感覚は共有しやすいはずです。

一方で、「全員が大学に進学する状態を目指すこと」が義務教育の目的かと言えば、それはまた別の議論です。学びの基礎を保障したうえで、

・勉強が好きで、学問を深めたい子は大学へ
・手を動かして現場で学びたい子は職業ルートへ
・ものづくりや芸術、スポーツに早くから専念したい子は、その道へ

といったように、複線的な進路が選びやすい社会の方が、むしろ健全ではないでしょうか。

5.「学習方略」は進路選択とも地続きのスキル

参考記事で取り上げられていた「精緻化方略」「体制化方略」「モニタリング方略」は、一見すると「テストで点数を取るための技術」に見えます。しかし、個人的な意見としては、これはもっと広い意味での「人生の舵取りの練習」だと考えています。

なぜなら、進路選択そのものが、非常に高度なモニタリング行為だからです。

  • 自分は何が得意で、何が苦手か(自己理解)
  • 将来の社会や仕事はどう変化していきそうか(環境理解)
  • そのなかで、どんな生き方をしたいのか(価値観の確認)

こうした要素を総合的に整理し、選択する行為は、まさに「体制化」と「モニタリング」の応用です。

自己調整学習を研究したZimmermanらの理論では、「自分で目標を立てる → 学習する → 振り返る」というサイクルが、やがては「キャリアを考える」「人生を選ぶ」力にもつながっていくとされています。勉強とは、志望校に合格するためのテクニックであると同時に、「自分で自分の人生を引き受ける力」を育てるプロセスでもあるのです。

6.「手厚さ」が子どもの学びを奪うこともある

ここで一つ、教育の「手厚さ」について考えてみたいと思います。

今の学校や塾の指導は、昔と比べればずっと丁寧です。丁寧な板書、わかりやすいプリント、動画授業、ICTの活用…。学びをサポートするツールは増え、効率よく理解できる環境が整いつつあります。

しかし、学習科学の研究では、「適度な困難さ(Desirable Difficulties)」がある方が、長期的な学習の定着には望ましいことが示されています。少し迷い、試行錯誤し、時には失敗しながらたどり着いた理解は、簡単に与えられた理解よりも強く記憶に残ります。

個人的な意見としては、「あまりに手取り足取りすべてを教えきってしまう教育」は、子どもから「迷う喜び」「非効率から効率をつくる経験」を奪ってしまう危険もはらんでいると思います。

7.塾がなければ勉強できない状態は、教育のゴールではない

学習塾を運営している立場からあえて言えば、「塾がなければ勉強できない」という状態は、教育としてのゴールではありません。

もちろん、塾には塾の役割があります。学習方法を伝え、目標設定を手伝い、時には苦しい受験期を並走する。家庭や学校だけでは支えきれない部分を補う、重要な存在です。

しかし、本来目指すべきは、「塾を卒業したあとも、自分の力で学び続けられる人を育てること」ではないでしょうか。大人になってから直面する学びは、資格試験や語学だけではありません。仕事のスキル、子育ての知識、お金のリテラシー、健康や介護…。学びは一生続きます。

そのときに必要なのは、「教えてくれる人がそばにいること」ではなく、「自分で学び方をつくり出せること」です。その意味で、学習塾は子どもの自立を遠ざける存在ではなく、自立に向かうための「足場」でなければならないと考えています。

8.沖縄進学塾での試み:「極力教えず、考えさせる」指導

沖縄進学塾では、可能な限り「答えをすぐに教えない」指導を大切にしています。もちろん、ただ放置するわけではありません。目標設定を一緒に考え、必要な情報や基礎知識はきちんと伝えます。そのうえで、

  • どの教材を、どの順番で進めるか
  • どこでつまずいたのか
  • 次に何を変えるのか

といった部分を、生徒自身に考えてもらう時間を必ず挟むようにしています。

結果として、偏差値の高い生徒が多く育っていることは事実ですが、それ以上に大切だと感じているのは、「自分で自分の勉強を設計する感覚」が身についていることです。

これは、大学受験に限らず、その後の社会人生活や職人としての道にも生きる力です。どの世界に進むにしても、「自分で考え、試し、振り返り、修正する」サイクルを回せる人は、変化の激しい時代に強いからです。

9.教育の出口を単線化しない――「選択可能性の最大化」を目指す

最後に、「出口としての進路」の話に戻りたいと思います。

日本は長らく、「良い大学に入り、良い会社に就職すること」が成功ルートとされてきました。今でも、その価値観は完全には消えていません。しかし、幸福度やキャリア満足度の研究を見ていくと、「どの大学を出たか」よりも、「自分で選んだと感じられるか(自己決定感)」の方が、人生の満足度と強く結びついていることがわかります。

であれば、教育が目指すべきは、「大学進学率の最大化」ではなく、

・進学も、就職も、職人も、起業も、地域で働くことも、どれも選択肢として尊重されている状態

をつくることではないでしょうか。

そのためには、学び方の指導と進路の指導を切り離さないことが大切だと考えています。勉強が好きな子には、学問の世界への扉を。手を動かすことが好きな子には、技能の世界への扉を。そして、どちらか決めきれていない子には、じっくり迷う時間と、自己対話のきっかけを。

10.中学生と保護者へのメッセージ:進路という問いを取り戻そう

中学生のみなさんへ。

テストの点数や偏差値は、たしかに気になるものです。でも、その数字は「あなたの価値」そのものを表しているわけではありません。数字はあくまで「いまの学力のスナップショット」であり、「これからどうしたいか」を考える材料の一つに過ぎません。

保護者の皆さまへ。

お子さんの進路を考えるとき、「みんながこうしているから」という理由だけで選ぶのは、とても不安なことだと思います。だからこそ、「本当はどんな生き方をしてほしいか」「そのために、今どんな学びが必要か」を、一緒に対話する時間を少しずつでも持っていただきたいと願っています。

自分なりに言葉を尽くしてまとめると、こうなります。

・学び方の指導は、テストの点を上げるためだけのものではない。
・それは、子どもが自分の人生の舵を取るための練習である。
・大学全入時代だからこそ、「どの道に進むのが、この子にとって一番よいのか」という問いを、もう一度取り戻したい。

執筆者情報

比嘉 大(ひが たけし)
沖縄県を拠点に、中学受験・高校受験に関する情報発信を行う教育インフルエンサー。講師歴20年以上。学習塾の運営のほか、調剤薬局、ウェブ制作会社、ウェブ新聞「泡盛新聞」の経営など、25歳で起業して以来、自社7社・間接経営補助10社を展開。「教育が沖縄を活性化させる」という志を持ち、地域学力や家庭教育の課題について積極的に発言している。

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