本記事概要
近年、通信制大学に進む18〜22歳の若者が増加している。背景には不登校経験者の増加とオンライン教育の浸透があり、通信制が若者にとって現実的な進路として機能し始めている。ただし通信制大学は通学制の代替ではなく、学びの停止や孤立を防ぐ「中継地点」としての性格が強い。一方、通学制大学には同期性や対面による人間形成があり、承認・役割・羞恥・協働など社会化の要素が集中する。重要なのは進路を正解で選ぶことではなく、若者が止まらず、社会とつながるための手段として用いることだ。保護者は学びの継続・社会接続・自己効力感を損なわない支援が求められる。












参考記事の概要
Yahooニュース「通信制大、若い学生が5年前から倍増 不登校の増加やコロナ禍が影響」(2025年1月)は、通信制大学に進学する18〜22歳の若者が増加している現状を報じた。文部科学省「学校基本調査」によれば、2025年度時点の通信制大学の18〜22歳は約4万人で、5年前の約2万人からほぼ倍増した。通信制大学の校数は2000年度の20校から2025年度は50校に増え、学費の低さや通学不要などの特性も背景となっている。また、不登校経験者の増加やコロナ禍によるオンライン教育の一般化が、若年層の進路として通信制を選びやすくしたという。

(出典:https://news.yahoo.co.jp/articles/76c179567d0a57fe3341f0e92271aff7563e09fd)
1.現象としての通信制大学の増加をどう読むか
通信制大学の増加は“不登校が増えているから”という単純な話ではない。より正確に言えば、不登校経験を経た若者が進学・資格取得・高等教育へアクセスできる経路が整ったため、“学びが断絶せずに済んでいる”のである。
文科省は不登校小中学生の増加を継続的に報告している(文科省「不登校児童生徒に関する調査」2023)。この現象はしばしば“問題”として扱われるが、教育的に最も大きな問題は“不登校そのもの”ではなく、“学びが停止し、社会接続が遮断されること”にある。
停止は孤立を生み、孤立は時間の経過とともに本人の選択肢を狭める。通信制教育の発達は、この停止と孤立の間に“橋”を架ける装置として機能している。
2.通信制大学の制度上の位置づけ──誤解を解きほぐす
通信制大学は通学制大学と同様に「大学」であり、卒業すれば正式な「学士号」を取得する。これは法律上も雇用市場上も通学制と同値の大学卒業資格である(出典:大学通信教育協会)。
また、通信制大学は次の特徴を持つ。
- 通学不要
- 地理的制約なし
- 学費が低い傾向
- 入試ハードルが低い場合がある
- 社会人のリスキリング市場とも連動
これらは“不登校経験者向けの装置”ではなく、本来は社会人教育として成立してきた歴史がある。
したがって通信制大学を“弱者の受け皿”として理解するのは誤りである。それどころか国の政策全体では、リスキリング・リカレント教育・学び直しという文脈でむしろ重要度が増している。
3.出口から見る通信制大学──就職・資格・転職・起業
保護者にとって最も気になるのは出口である。通信制大学の出口は実際には大きく二種類に分かれる。
(1)平均的な出口(保護者が想像しやすい領域)
- 一般企業
- 地方企業
- 福祉・教育分野
- 資格職(例:教員免許、社会福祉士、社会保険労務士、宅建など)
- 県内就職
- 大学編入
- 大学院進学
通信制大学は時間の融通が効くため、資格との併走がしやすい。特に福祉職や教育職とは相性が良い。
(2)未来接続型の出口(通信制と親和性が高い領域)
- Web/クリエイティブ
- ITエンジニア
- 個人事業・フリーランス
- スタートアップ
- アルバイト複合型キャリア
- 海外院進
- 副業・複業
オンラインベースの学習とデジタル経済は構造的に親和するため、通信制大学からこのルートが生まれるのは不自然ではない。
OECDの統計では“大卒は高卒より就業率・収入の平均値が高い”という傾向が確認されており(OECD Education at a Glance)、通信制大学は“大学卒業資格”を得られるという一点だけでも市場価値を持つ。
ただしここで重要なのは、「通信制大学=就職に強い」でも「通信制大学=弱い」でもないということだ。出口は制度ではなく、本人の社会接続の設計によって決まる。
4.通学制大学はなぜ今も価値を持つのか──人間形成の装置として
通信制大学の価値を正しく理解するには、対になる通学制大学の価値も理解する必要がある。
通学制大学の本質的な価値は、教室やキャンパスにあるのではない。価値の中心にあるのは“同期性”と“対面性”と“共同性”である。
人間形成の多くは、以下の経験によって形成される。
- 同期比較(peer comparison)
- 承認(approval)
- 不承認(rejection)
- 羞恥(shame:
注:失敗や未熟さが他者に見られることで感じる感情 - 協働(collaboration)
- 貢献(contribution)
- 役割獲得(role-taking)
- 競争(rivalry)
- 仲裁(mediation)
- 再挑戦(retry)
- 許容(forgiveness)
- 帰属(belonging)
これらはすべて“社会のミニモデル”であり、人格形成と社会化の基盤になっている。
(※社会化:注=社会の中で生きるためのふるまい・価値観・感情調整を身につける過程)
そしてこの社会化は基本的に“同期集団”の中で起こる。同じ学年、同じ季節、同じ制度、同じ節目──これらを共有する同期経験は、人格の足場を作る。
通信制大学はこの領域には弱い。だからと言って“劣っている”のではない。役割が違うのだ。
5.通信制大学は“中継地点”である
不登校・適応困難・離脱経験を経た若者にとって、最大のリスクは“孤立”と“停止”である。孤立は時間とともに硬化し、社会接続を困難にする。
通信制大学は停止を防ぐ“中継地点”として機能する。
- 学びが止まらない
- 資格が取れる
- 大卒資格が得られる
- 年齢の足が止まらない
- モラトリアム(注:自立への猶予期間)が確保される
この役割は“通学制では代替しにくい”。
6.沖縄という地域で見ると通信制は意味が変わる
沖縄は全国と比較して進路環境が特殊である。
以下は沖縄の構造的特徴の一部だ。
- 大学数が少ない
- 県外進学率が高い
- 地元就職希望が増えている
- 観光産業比率が高い
- 医療・福祉の雇用規模が大きい
- 公務員人気が高い
- IT産業が拡大中
- 離島圏に進学格差がある
- Uターン就職が多い
この構造に通信制大学は相性が良い。
地元に残りながら、
- 大卒資格を得る
- 資格を取る
- 福祉・教育分野に接続する
- ITと複合させる
- 副業や起業と併走する
という進路設計が可能になる。
特に沖縄では「起業」と「地域コミュニティ」の距離が近く、通信制大学は時間の制約が軽いため“地域での社会参加”と同時進行できる。これは東京では得にくい価値である。
7.では保護者はどう考えるべきか
保護者が最も避けるべきは“正解探し”である。
進路に正解はない。進路はあくまで手段であり、その先の“人生の編み方”の方が重要である。
保護者の役割は次の三つに尽きる。
- 学びを止めさせないこと
停止は孤立を生む。 - 社会接続を切らせないこと
社会参加は幸福に直結する。 - 自己効力感(=自分はできると思う力)を奪わないこと
特に三つめは見落とされやすい。人は“自分はできる”と思えなければ選択できない。
8.最後に──進路は目的ではなく、生き方の技術である
通信制大学に進む若者の増加は“不登校が増えたから”ではない。社会がようやく、
「一つの道が合わないなら、他の道があっていい」
と認め始めたからである。
通学制大学は人格形成と社会化の装置であり、通信制大学は停止と孤立を防ぐ中継地点である。
どちらが正しいかではなく、どちらがその若者にとって必要かで決まる。
進路は目的ではなく、生き方のための道具であり、社会とつながるための技術である。
社会に参加し、自分の役割を持ち、他者と関わりながら、自分の人生を編んでいく。
それこそが幸福に近い。
だから保護者は焦らなくていい。若者は止まらなければいい。そして社会は選択肢を閉じなければいい。
未来は一つではない。
執筆者
比嘉 大(ひが たけし)
沖縄県を拠点に、中学受験・高校受験に関する情報発信を行う教育インフルエンサー。講師歴20年以上。学習塾の運営のほか、調剤薬局、ウェブ制作会社、ウェブ新聞「泡盛新聞」の経営など、25歳で起業して以来、自社7社・間接経営補助10社を展開。「教育が沖縄を活性化させる」という志を持ち、地域学力や家庭教育の課題について積極的に発言している。








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