1945年8月15日、日本は第二次世界大戦に敗れ、連合国に降伏した。その後、日本は連合国の占領下に置かれ、占領政策の中心となったのがアメリカである。日本の占領と改革を実際に進めたのは、GHQ(ジーエイチキュー:連合国軍総司令部)であり、最高司令官はマッカーサーであった。GHQは、日本が再び戦争を起こさない国になることを目的に、政治・経済・社会の仕組みを大きく変える戦後改革を行った。まず、戦争を指導した責任を問うため、東京裁判(とうきょうさいばん)が開かれた。また、日本の軍事力を完全になくすため、軍隊の解体が行われ、日本は戦争を行う力を失った。次に、国民の生活を安定させ、民主主義を社会に根づかせる改革が進められた。農村では、地主が多くの土地を所有し、小作人が苦しい生活を送っていたため、農地改革(のうちかいかく)が実施された。地主の土地を国が買い上げ、小作人に分け与えたことで、自分の土地を持つ自作農が増え、農村の民主化が進んだ。また、経済を独占していた大企業グループを解体するため、財閥解体(ざいばつかいたい)が行われた。さらに、労働者の立場を守るため、労働組合法(ろうどうくみあいほう)が制定され、労働組合をつくる権利が認められた。政治の分野では、1946年の選挙で女性が初めて選挙権を行使し、男女平等の実現に向けた一歩となった。これらの改革と並行して、日本の新しい国のあり方を定めるため、憲法の制定が進められた。1946年に公布され、1947年に施行されたのが日本国憲法(にほんこくけんぽう)である。この憲法は、国の政治の最終的な決定権は国民にあるとする国民主権(こくみんしゅけん)を基本原理とし、天皇は政治的権力を持たない象徴天皇制(しょうちょうてんのうせい)とされた。日本国憲法では、すべての人が生まれながらに持つ権利として基本的人権(きほんてきじんけん)の尊重が定められた。言論・思想・信教の自由が保障され、法の下の平等や男女平等も明記された。これにより、日本社会は戦前とは大きく異なる民主的な社会へと変化した。さらに、日本国憲法の大きな特徴が平和主義である。第9条では、戦争や武力の行使を永久に放棄し、戦力を持たないことが定められ、日本は平和国家として再出発することになった。戦後の日本は、深刻な物不足やインフレに苦しんだが、復興が進み、1951年にはサンフランシスコ平和条約を結んだ。翌1952年、日本は占領を終えて主権を回復した。同時に、アメリカとの間で日米安全保障条約を結び、日本の安全をアメリカ軍に依存する体制が始まった。

※画像や動画はAIで作成しているため、文字化けしている可能性や、音声なども違う読み方をしている場合があります。ですので、すべての情報を鵜呑みにせず、必ずご自身で調べてから勉強してください。文章に関してはチェック済みです。
キーワード
<占領と改革>
•GHQ(ジーエイチキュー):連合国軍総司令部
•マッカーサー
•占領政策(せんりょうせいさく)
•戦後改革
•東京裁判(とうきょうさいばん)
•軍隊の解体
<経済・社会の民主化>
•農地改革(のうちかいかく):自作農の増加
•財閥解体(ざいばつかいたい)
•労働組合法(ろうどうくみあいほう)
•労働三権(ろうどうさんけん)
•女性参政権(じょせいさんせいけん)
<日本国憲法>
•日本国憲法 → 1946年公布・1947年施行
•国民主権(こくみんしゅけん)
•象徴天皇制(しょうちょうてんのうせい)
•基本的人権の尊重
•男女平等
•平和主義
•第9条(戦争放棄)
<独立と安全保障>
•サンフランシスコ平和条約
















_アイキャッチ画像-90x90.jpg)






この記事へのコメントはありません。