江戸時代:17世紀(1603)~19世紀半ば(1867) 「武士天下の最後」

徳川家康(とくがわいえやす)が1603年に幕府を開いた。家康は将軍の位をすぐに子の徳川秀忠(とくがわひでただ)(2代将軍)にゆずり、将軍職が世襲されることを世に示した。幕府は、士農工商(しのうこうしょう)の身分制度や、親藩(しんぱん)・譜代(ふだい)・外様(とざま)大名の区別など、徹底した身分制度を行った。また、天皇や公家には禁中並公家諸法度(きんちゅうならびにくげしょはっと)、大名には武家諸法度(ぶけしょはっと)、農民には慶安(けいあん)の御触書(おふれがき)を出し、社会全体を厳しく管理した。西日本を中心に広まっていたキリスト教(「人は皆平等」という考え方)は幕府にとって都合が悪かったため、踏絵(ふみえ)や寺請制度(てらうけせいど)によってキリスト教を禁止した。しかし、キリシタン大名の強い反発から島原(しまばら)・天草(あまくさ)一揆が起こり、幕府はこれを武力で鎮圧した。3代将軍徳川家光(とくがわいえみつ)のころ、ポルトガル船の来航を禁止し、鎖国(さこく)が完成した。鎖国の目的は、キリスト教の禁止を徹底し、貿易の利益を幕府が独占することであった。布教のおそれのないオランダと清(しん)とのみ貿易を行い、オランダ人は出島(でじま)のオランダ商館へ、清の商人は陸地にある唐人屋敷(とうじんやしき)**に住まわせた。このころが江戸幕府の最盛期である。5代将軍徳川綱吉(とくがわつなよし)は、生類憐(しょうるいあわれ)みの令などの政策によって幕府への信頼を失った。綱吉の死後、新井白石(あらいはくせき)が行った正徳(しょうとく)の治でも混乱は完全にはおさまらなかったため、幕府は信頼回復のための改革をくり返すことになる。8代将軍徳川吉宗(とくがわよしむね)(あだ名は「米将軍」)は、享保(きょうほう)の改革を行い、上米(あげまい)、目安箱(めやすばこ)の設置、公事方御定書(くじかたおさだめがき)の制定、さつまいもの栽培研究(青木昆陽〈あおきこんよう〉)、洋書の輸入解禁などを行ったが、幕府の財政は安定しなかった。老中田沼意次(たぬまおきつぐ)は商人の「金」に注目し、株仲間(かぶなかま)を奨励したが、わいろ政治への批判が高まった。田沼の政治の時に起こった浅間山(あさまやま)の噴火をきっかけとする天明(てんめい)の大ききんにより、田沼は失脚した。その後、老中松平定信(まつだいらさだのぶ)が寛政(かんせい)の改革を行い、囲米(かこいまい)、寛政異学の禁(かんせいいがくのきん)(朱子学のみ許可)、棄捐令(きえんれい)などを実施したが、成功しなかった。このころからラクスマンやレザノフなど、外国船が来航し、通商を求めるようになった。幕府は外国船を恐れて異国船打払令(いこくせんうちはらいれい)を出したが、清がアヘン戦争で敗れたことを知り、打ち払いをやめ、水や食料を与える方針に改めた。同じころの天保(てんぽう)の大ききんをきっかけに、大阪で大塩平八郎(おおしおへいはちろう)が反乱を起こした。この事件を受け、老中水野忠邦(みずのただくに)が天保の改革を行い、上知令(あげちれい)や株仲間の解散を行ったが、大名の反対により失脚した。1853年、ペリーの浦賀(うらが)来航をきっかけに日米和親条約を結び開国した。1858年には日米修好通商条約を結び貿易を始めたが、この条約が不平等条約であることが分かると、締結した大老井伊直弼(いいなおすけ)への反発が強まった。井伊は安政(あんせい)の大獄で吉田松陰(よしだしょういん)などを処罰したため、桜田門外(さくらだもんがい)の変で暗殺された。このころ広まった尊王攘夷論(そんのうじょういろん)を実行した薩摩藩(さつまはん)(生麦〈なまむぎ〉事件・薩英〈さつえい〉戦争)と、長州藩(ちょうしゅうはん)(下関〈しものせき〉砲撃事件)は、ともに外国の圧倒的な軍事力に敗れた。攘夷が不可能だと悟った両藩は、坂本竜馬(さかもとりょうま)の仲介で薩長同盟(さっちょうどうめい)を結び、倒幕を決意した。これを知った15代将軍徳川慶喜(とくがわよしのぶ)は、勝ち目がないと判断し大政奉還(たいせいほうかん)を行い、江戸幕府は終わった。しかし、これに納得しない勢力が戊辰(ぼしん)戦争を起こし、鳥羽・伏見(とば・ふしみ)の戦いから始まり、函館(はこだて)の五稜郭(ごりょうかく)の戦いで新政府軍の勝利が確定し、明治時代へと進んだ。

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キーワード

<幕府成立・身分制度>
•徳川家康(とくがわいえやす)
•徳川秀忠(とくがわひでただ):2代将軍
•士農工商(しのうこうしょう)
•親藩(しんぱん)・譜代大名(ふだいだいみょう)・外様大名(とざまだいみょう)
•武家諸法度(ぶけしょはっと)
•禁中並公家諸法度(きんちゅうならびにくげしょはっと)
•慶安の御触書(けいあんのおふれがき)

<キリスト教禁止・鎖国>
•踏絵(ふみえ)
•寺請制度(てらうけせいど)
•島原・天草一揆(しまばら・あまくさいっき)
•天草四郎(あまくさしろう)
•徳川家光(とくがわいえみつ):3代将軍
•鎖国(さこく)
•出島(でじま)
•オランダ商館(しょうかん)
•唐人屋敷(とうじんやしき)

<将軍と政治改革>
•徳川綱吉(とくがわつなよし):5代将軍
•生類憐みの令(しょうるいあわれみのれい)
•湯島聖堂(ゆしませいどう)
•新井白石(あらいはくせき):正徳の治(しょうとくのち)
•徳川吉宗(とくがわよしむね):8代将軍(米将軍)
•享保の改革(きょうほうのかいかく)
•上米(あげまい)
•目安箱(めやすばこ)
•公事方御定書(くじかたおさだめがき)
•青木昆陽(あおきこんよう):さつまいも
•田沼意次(たぬまおきつぐ):老中
•株仲間(かぶなかま)
•天明の大ききん(てんめいのおおききん)
•浅間山噴火(あさまやまふんか)
•松平定信(まつだいらさだのぶ):老中
•寛政の改革(かんせいのかいかく)
•囲米(かこいまい)
•寛政異学の禁(かんせいいがくのきん)
•棄捐令(きえんれい)

<外国船・反乱>
•ラクスマン(ロシア・根室〈ねむろ〉)
•レザノフ(ロシア・長崎〈ながさき〉)
•異国船打払令(いこくせんうちはらいれい)
•アヘン戦争
•天保の大ききん(てんぽうのおおききん)
•大塩平八郎(おおしおへいはちろう)
•水野忠邦(みずのただくに):老中
•天保の改革(てんぽうのかいかく)
•上知令(あげちれい)

<開国・幕府滅亡>
•ペリー:浦賀来航(うらがらいこう)
•日米和親条約(にちべいわしんじょうやく)
•日米修好通商条約(にちべいしゅうこうつうしょうじょうやく)
•井伊直弼(いいなおすけ):大老
•安政の大獄(あんせいのたいごく)
•吉田松陰(よしだしょういん)
•桜田門外の変(さくらだもんがいのへん)
•尊王攘夷論(そんのうじょういろん)
•薩摩藩(さつまはん):生麦事件(なまむぎじけん)・薩英戦争(さつえいせんそう)
•長州藩(ちょうしゅうはん):下関砲撃事件(しものせきほうげきじけん)
•坂本竜馬(さかもとりょうま):薩長同盟(さっちょうどうめい)
•徳川慶喜(とくがわよしのぶ):15代将軍
•大政奉還(たいせいほうかん)
•戊辰戦争(ぼしんせんそう)
•鳥羽・伏見の戦い(とば・ふしみのたたかい)
•五稜郭(ごりょうかく):函館(はこだて)

<教育・文化>
•寺子屋(てらこや):読み・書き・そろばん
•藩校(はんこう)

<元禄文化(げんろくぶんか):上方中心(大阪・京都)>
•近松門左衛門(ちかまつもんざえもん):人形浄瑠璃
•井原西鶴(いはらさいかく):浮世草子
•松尾芭蕉(まつおばしょう):『奥の細道』
•尾形光琳(おがたこうりん):かきつばた図屏風

<化政文化(かせいぶんか):江戸中心(東京)>
•蘭学(らんがく):杉田玄白(すぎたげんぱく)・前野良沢(まえのりょうたく)『解体新書』
•国学(こくがく):本居宣長(もとおりのりなが)『古事記伝』
•シーボルト:鳴滝塾(なるたきじゅく)
•歌川(安藤)広重(うたがわ〈あんどう〉ひろしげ):『東海道五十三次』
•葛飾北斎(かつしかほくさい):『富嶽三十六景』

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