診断より、環境を見直す~ ADHDと中学受験から考える「伸びる子」の条件~

本記事要約

算数は得意だが集団授業に馴染めない子どもが、学習環境を見直したことで意欲と学力を伸ばした事例をもとに、中学受験における「環境」の重要性を扱った記事。ADHDなど専門的支援が必要な場合への配慮を前提としながら、安易なラベリングによって子どもの可能性が狭められていないかを考える。安心して挑戦できる場や周囲の関わりが、学びの姿勢を大きく左右することが示されている。

本記事ダイジェスト動画

本記事

「落ち着きがない」
「集中力が続かない」
「集団授業が苦手」

こうした言葉を前にしたとき、私たち大人は、どれほど慎重に子どもを見ているでしょうか。

近年、ADHD(注意欠如・多動症)という言葉は広く知られるようになりました。正しい理解が進んだこと自体は、社会にとって前向きな変化です。しかし一方で、子どものつまずきが、あまりにも早く「診断」や「特性」という言葉で整理されてしまっていないか――教育の現場にいる者として、拭いきれない違和感も覚えます。

今回紹介する記事は、算数が得意で国語が苦手な一人の男の子と、その母親の中学受験の記録です。集団塾に馴染めず、否定され、迷いながらも、「この子に合う学びの環境とは何か」を探し続けた結果、子どもは大きく成長していきました。

この記事を読んだとき、私は一つの確信に至りました。
子どもを分けているのは、能力や診断名ではなく、「環境」なのではないか――。

本稿では、参考記事の要点を整理したうえで、沖縄の受験現場から見えてきた事実と、教育に携わる立場からの私見を、新聞の社説のような視点で述べていきます。

参考記事が示した、ひとつの事実

参考記事タイトル
【ADHDと中学受験のリアル】算数得意・国語苦手な息子に合う塾は?
「マンツーマン塾・小規模塾」併用で全勝できた理由【読者体験談】

参考記事URL
https://article.yahoo.co.jp/detail/dfc4bc38835a2123eb5ab6dcb8069b3e9fe88f1b

この記事が示している事実は、決して特殊な成功談ではありません。要点を整理すると、次のようになります。

  • 算数が得意で国語が苦手という特性を持つ子どもが、集団型・熱血型の塾に馴染めなかった
  • 鉛筆の持ち方や落ち着きのなさといった表面的な部分が「受験に不利」と判断された
  • マンツーマン指導や小規模塾という環境に移ることで、初めて集中して学ぶ経験を得た
  • 経済的事情を踏まえつつ、環境を柔軟に組み合わせた
  • 結果として、第一志望校を含め中学受験は全勝
  • 塾は学力向上の場であると同時に、家庭・学校以外の「第三の居場所」となった

重要なのは、子どもそのものが変わったわけではないという点です。
変わったのは、置かれた環境でした。


沖縄の受験現場でも起きていること

この記事の内容には、強い共感を覚えます。沖縄進学塾に通ってくる生徒たちの多くも、似た背景を持っているからです。

算数や理科には強い関心を示す一方で、国語や集団行動になると力を発揮できなくなる。やる気がないわけではない。むしろ、学びたい気持ちは強い。しかし、学校や従来型の塾の枠組みに馴染めなかった――その経験が、自信を削いできた子どもたちです。

沖縄で中学受験・高校受験に携わり、長年多様な生徒を見てきた立場から言えば、学力の伸びを分ける最大の要因は、才能よりも「置かれた環境」であると感じています。

子どもを分けたのは能力ではなく「環境」だった

ここで改めて確認したいのは、環境とは何かという点です。

環境とは、単に「静かな教室」や「少人数指導」を指すものではありません。

  • 心理的に安心できるか
  • 否定されずに挑戦できるか
  • 失敗したときに立て直せるか

こうした要素が重なり合って、初めて「学びの環境」は成立します。

学力を支える環境の4条件

私自身は、学力向上を支える環境を次の4つに整理しています。

  1. 勉強に集中しやすい場
    (心理的に安全で、否定されない空間)
  2. 高い目標に挑戦している仲間
    (一人だけが頑張る状況をつくらない)
  3. 十分な演習量
    (理解と定着には反復が不可欠であることは、学習科学の定説です)
  4. 挫折しそうなときに声をかけてくれる大人
    (教師や仲間の存在が回復力を支える)

生徒が落ち着きを取り戻し、自ら机に向かい始めるのは、この条件がそろったときです。

本当に支援が必要な子への配慮と、安易なラベリングは別問題である

ここで、誤解のないように明確にしておきたいことがあります。
本当に医療的な支援や配慮が必要な子どもは、確実に存在します。

ADHDを含む神経発達症は、専門医による診断と適切な支援によって、本人が生きやすくなる場合も多くあります。その役割を否定する意図は一切ありません。

問題は、専門家ではない大人が、対応に困った子どもに対して、安易に「それっぽい言葉」を当てはめてしまうことです。

「落ち着きがないからADHDかもしれない」
「集団が苦手だから発達障害ではないか」

こうした言葉が、善意のつもりで使われることもあります。しかしそれが、子どもの可能性を狭める思考停止のラベルになってしまうことがあるのです。

※ラベリング:
人を特定の属性で固定的に捉え、それ以上深く考えなくなること。

本来問うべきなのは、「この子は何ができないのか」ではなく、「この子が力を発揮できる環境はどこにあるのか」ではないでしょうか。

誤解されやすい点について――「厳しさ」と「無理」は違う

環境を整える、という話をすると、「厳しい指導なのではないか」「無理をさせているのではないか」と感じる方もいるかもしれません。その代表例として、しばしば話題にされるのが、長時間学習です。

沖縄進学塾では、日常的に長時間学習を行っているわけではありません。いわゆる12時間学習は、夏期講習や受験直前期など、限られた特別な期間に、希望や到達段階に応じて実施しているプログラムの一つです。

目的は、学習量そのものではありません。
長時間集中すると心と体はどう反応するのか、途中で投げ出したくなったとき、どう立て直すのか――それを体験的に学ぶ機会です。

全ての生徒が同じ負荷をかけているわけではなく、学年や体力、精神的成熟度に応じて調整しています。

厳しさとは、無理を強いることではありません。
簡単に逃げられないが、否定されない環境を用意すること――それが、私たちの考える教育の厳しさです。

AI時代における塾の役割

AIの進化により、知識や情報を「教えるだけ」の塾は、役割を終えつつあります。これからの塾に求められるのは、情報提供ではなく、人が育つ環境の設計です。

人間にしか育てられない力――継続力、忍耐力、自己調整力(※感情や行動を自分で立て直す力)。これらは、AIでは代替できません。だからこそ今、塾は「人間力を育てる場」としての役割を、改めて問われているのだと思います。


結びにかえて ―― 子どもを変える前に、環境を疑う

教育の現場に立ち続けていると、何度も立ち返る事実があります。
子どもが変わったのではなく、環境が変わっただけで、大きく伸びる瞬間が確かに存在するということです。

診断を否定するのではなく、努力を美化するのでもなく、ただ一つ、「この子が力を発揮できる環境はどこか」を考え続ける。その姿勢こそが、学力以前に、人としての成長を支えるのだと、私は信じています。

執筆者情報

比嘉 大(ひが たけし)
沖縄県を拠点に、中学受験・高校受験に関する情報発信を行う教育インフルエンサー。講師歴20年以上。学習塾の運営のほか、調剤薬局、ウェブ制作会社、ウェブ新聞「泡盛新聞」の経営など、25歳で起業して以来、自社7社・間接経営補助10社を展開。「教育が沖縄を活性化させる」という志を持ち、地域学力や家庭教育の課題について積極的に発言している。

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