710年、元明天皇(げんめいてんのう)が藤原京(ふじわらきょう)から平城京(へいじょうきょう)に遷都(せんと)したことで、奈良時代が始まった。この時代、重い税である租庸調(そ・よう・ちょう)にたえられず、与えられた口分田(くぶんでん)を捨てて逃げる逃亡(とうぼう)農民が後をたたなくなった。その結果、国の税収は減少し、さらに逃亡した農民が新しい土地でも口分田を与えられたため、土地不足が生じた。そこで聖武天皇(しょうむてんのう)は、国のものとしていた土地を、条件付きで農民の私有物とする法を定めた。これが三世一身法(さんぜいっしんほう)と墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいほう)である。この結果、天皇中心の政治を行うためにつくられた公地公民(こうちこうみん)の原則は崩れていった。このころ、ききんや疫病(えきびょう)などの天災が相次いだため、聖武天皇は仏教の力で国を治めようとした。都には東大寺(とうだいじ)を建て、全国には国分寺(こくぶんじ)・国分尼寺(こくぶんにじ)を建立(こんりゅう)させた。また、行基(ぎょうき)は聖武天皇に協力し、仏教の教えを広めて活躍した僧である。唐(とう)から来日した鑑真(がんじん)は、日本に正式な戒律(かいりつ)を伝え、唐招提寺(とうしょうだいじ)を建てた。こうした結果、僧の力が強まり、政治にまで口出しする僧である道鏡(どうきょう)が現れた。これをきらった桓武天皇(かんむてんのう)は、都を平城京から長岡京(ながおかきょう)、さらに平安京(へいあんきょう)へと移し、僧の影響から離れようとした。

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【キーワード】
①元明天皇(げんめいてんのう):平城京・和同開珎(わどうかいちん)
②聖武天皇(しょうむてんのう):
・三世一身法/墾田永年私財法/国分寺/東大寺
・正倉院(しょうそういん:校倉造〈あぜくらづくり〉)/大仏
③行基(ぎょうき)
④鑑真(がんじん):唐招提寺
⑤道鏡(どうきょう)→ 僧の政治介入
⑥天平文化(てんぴょうぶんか):
・歴史書…古事記(こじき)・日本書紀(にほんしょき)
・地理書…風土記(ふどき)
・和歌集…万葉集(まんようしゅう)
└ 山上憶良(やまのうえのおくら)「貧窮問答歌(ひんきゅうもんどうか)」
・正倉院
⑦「天の原 ふりさけみれば かすがなる 三笠の山に いでし月かも」
作者:阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)
※ 唐に渡り、日本に帰ることができなかった人物






















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