各地の「くに」が次第に一つにまとまり、その連合をまとめる支配者として大王(のちの天皇)が現れた。大王の権力の大きさは古墳の規模によって示され、巨大な古墳を築くことができたことから、その支配力の強さが分かる。大阪府堺市にある大山古墳は、世界最大の前方後円墳であり、仁徳天皇の墓と考えられている。熊本県の江田船山古墳と、埼玉県の稲荷山古墳からは、「ワカタケル」と刻まれた鉄剣が出土している。ワカタケルは雄略天皇(倭王武)と考えられており、これらの発見から、大和政権の勢力が九州から関東地方にまで及んでいたことが分かる。この時代、朝鮮半島から多くの渡来人が来日し、機織りの技術、漢字、仏教などの進んだ文化を伝えた。仏教は538年に百済の聖明王によって伝えられたとされている。これをめぐって、仏教に反対する物部氏と、受け入れを進める蘇我氏の間で対立が起こったが、最終的に蘇我氏が勝利し、政治的な影響力を強めた。これ以後、日本は国家のあり方や文化の面で、仏教の影響を強く受けるようになった。

※画像はAIで作成しているため、文字化けしている可能性や、音声なども違う読み方をしている場合があります。ですので、すべての情報を鵜呑みにせず、必ずご自身で調べてから勉強してください。文章に関してはチェック済みです。
キーワード
①大和政権:大王を中心とした政治のしくみ
②氏姓制度:氏と姓によって身分や役割を定めた制度
③渡来人:朝鮮半島などから来て技術や文化を伝えた人々
④大山古墳(大阪府堺市):日本最大・前方後円墳
⑤埴輪:古墳のまわりに置かれた素焼きの人形や動物
⑥ワカタケル=雄略天皇=倭王武
→ 稲荷山古墳(埼玉県)・江田船山古墳(熊本県)
→ 大和政権が九州から関東まで支配していた証拠
⑦仏教伝来:538年・百済の聖明王
⑧物部氏(反対)/蘇我氏(賛成)























この記事へのコメントはありません。