【基本を育てる勇気】早期英語ブームに「待った」をかけた韓国から、沖縄の私たちが考えること

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【参考記事の要約】

英語の早期教育過熱に「待った」 幼児向け塾の入塾・レベルテスト禁止へ=韓国
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20251218003000882?section=search

韓国国会は、早期教育の過熱を防ぐため、満3歳から就学前の幼児を対象とした英語塾で、入塾テストやレベル分けテストを禁止する法改正案を可決した。塾は、幼児の募集や能力別クラス編成を目的とする試験を実施できなくなる。違反した場合は営業停止や過料の対象となる。一方で、入塾後に保護者の同意を得たうえで行う観察や面談形式の評価は、教育活動の一環として認められる。狙いは、幼児期から競争と選別を持ち込む風潮を抑え、健全な成長環境を守ることにある。

「そこまで国が踏み込むのか」と思わせる、韓国の決断

この記事を読んだとき、正直に言って「すごい時代になった」と感じました。国が法律で、幼児向け英語塾のテストそのものを禁止する。それは、早期教育の過熱が、もはや家庭や学校だけの問題ではなく、社会全体のゆがみになっているということなのでしょう。

沖縄で学習塾を運営し、子どもたちの成長を日々見ている立場からすれば、このニュースは決して他人事ではありません。

私は以前、「幼児教育は“先取り”より“育ち待ち”――沖縄から考える、学びの土台をどう育むか」という記事で、「早く教えること」と「よく育てること」は同じではない、という問題提起をしました。今回の韓国の動きは、その問いに国家として答えを出そうとした例のように思えます。

▼あわせて読みたい(以前の記事)
幼児教育は“先取り”より“育ち待ち”――沖縄から考える、学びの土台をどう育むか

不安な時代ほど、教育に期待が集まる

個人的な意見としてですが、景気が悪くなり、将来が見えにくくなるほど、家庭は教育に希望を託す傾向があるように感じます。

実際、日本でも、家計に占める塾や家庭教師など学校外教育費の割合は長期的に高い水準で推移しています。また、教育経済学の研究では、将来の所得格差への不安が、教育投資を後押しすることが指摘されています。

特に、いわゆる中間層(年収600万〜1000万円程度)の家庭が、「何としても安定した進路を」と、大企業就職や公務員といった道を意識し、教育費を優先する傾向がある。これは多くの調査や分析からうかがえる“傾向”です。
※もちろん、すべての家庭に当てはまるわけではありません。

不安な時代に、子どもの未来を思って教育に力を入れる。それ自体は、とても自然で、尊い親心です。しかし、その思いが行き過ぎたとき、「幼児のうちから競争にさらされ、選別される社会」になってはいないか。韓国の法改正は、そこへの強い問いかけだと感じます。

母語を育てることの意味

私は個人的な立場として、幼少期の過度な多言語教育には慎重であるべきだと考えています。

ここでいう「母語(ぼご)」とは、生まれて最初に身につけ、日常で使う言葉――日本では日本語のことです。

言語教育の研究では、母語の語彙力(ごいりょく:知っている言葉の多さ)や読解力(どっかいりょく:文章を読み取る力)が高い子どもほど、第二言語の習得もスムーズであるという結果が多く報告されています。これは、母語で身につけた「考える力」や「言葉の感覚」が、新しい言語を学ぶ土台になるからだと説明されています(いわゆる母語基盤仮説と呼ばれる考え方です)。

一方で、早期バイリンガル教育が必ずしも悪い結果を生む、という決定的な証拠はありません。うまくいっている例もたくさんあります。だからこそ大切なのは、「母語の発達を犠牲にしない形で行われているか」という視点です。

母語がまだ十分に育っていない時期に、詰め込み型で第二言語を優先してしまえば、思考や読解の土台が不安定になる危険もある。私は、そこを心配しています。

言葉は、考え方をつくる

日本語と英語には、大きな違いがあります。

  • 日本語:主語+修飾語+述語
  • 英語:主語+述語+修飾語

日本語は、最後まで聞かないと結論が分からない、文脈(ぶんみゃく:前後の流れ)を大切にする言語です。英語は、最初に結論を示す、主張型の言語だと言われます。

どちらが良い悪いではありません。ただ、言葉の形が違えば、考え方の形も違う。土台ができる前に、その二つをごちゃまぜにしてしまえば、考えがまとまりにくくなる可能性もある。私は、そう感じています。

学びの土台は、すべて母語の上にある

算数も、理科も、社会も、そして英語さえも、日本の学校教育は日本語で学びます。

文章を正確に読む力。自分の考えを説明する力。相手の話を理解する力。これらはすべて、母語=日本語の力に支えられています。

だからこそ、まずは母語の力をしっかり育てること。これが、あらゆる学びの出発点だと、私は考えます。長年、受験指導の現場に立ってきて、母語の力がある子ほど、後から英語を学んでも伸びが速いという姿を、何度も見てきました。

AI時代だからこそ、人間の学びを大切に

AIが翻訳し、文章を書き、答えを示してくれる時代になりました。しかし、人間はアナログな存在です。

考える。迷う。言葉につまる。それでも自分の頭で理解しようとする。この過程こそが、学びの本質です。効率だけを追い求め、「早く」「多く」「先に」と詰め込んだ結果、考える経験そのものが失われてしまう――そんな教育であってはならないと、私は思います。

流行より、基本を選ぶ勇気

英語。AI。プログラミング。探究学習。どれも大切です。しかし、その前に問いたい。

この子の今の発達段階に、本当に必要か。

基本は地味です。すぐに成果は見えません。けれど、それは複利(ふくり:小さな積み重ねが、長い時間で大きな力になる仕組み)のようなものです。

母語を育てる。会話をする。本を読む。失敗しながら考える。その積み重ねが、10年後、20年後に、学び続ける力として返ってくる。私は、そう信じています。

韓国の「待った」を、沖縄の問いに

韓国の法改正は、「英語教育を否定した」ものではありません。“競争をどこまで早めてよいのか”“学びの土台とは何か”――その問いを、社会全体に投げかけたのだと思います。

沖縄でも、中学受験・高校受験を見据え、早期教育への関心は年々高まっています。だからこそ、私たち大人が立ち止まりたい。この子にとって、今、本当に必要な学びは何か。

もしこのテーマに関心を持たれた方は、先ほど紹介した「幼児教育は“先取り”より“育ち待ち”」の記事も、ぜひあわせて読んでみてください。今回の韓国のニュースと重ねることで、沖縄の教育を考える視点が、より深まるはずです。

流行に流されず、基本を育てる勇気。それこそが、これからの時代を生きる子どもたちへの、何よりの贈り物になると、私は考えます。

執筆者情報

比嘉 大(ひが たけし)
沖縄県を拠点に、中学受験・高校受験に関する情報発信を行う教育インフルエンサー。講師歴20年以上。学習塾の運営のほか、調剤薬局、ウェブ制作会社、ウェブ新聞「泡盛新聞」の経営など、25歳で起業して以来、自社7社・間接経営補助10社を展開。「教育が沖縄を活性化させる」という志を持ち、地域学力や家庭教育の課題について積極的に発言している。

参考リンク一覧

  1. 韓国聯合ニュース:英語の早期教育過熱に「待った」
    https://jp.yna.co.kr/view/AJP20251218003000882?section=search
  2. 比嘉大:幼児教育は“先取り”より“育ち待ち”――沖縄から考える、学びの土台をどう育むか
    https://juku.okinawa/2025/10/16/%e5%b9%bc%e5%85%90%e6%95%99%e8%82%b2%e3%81%af%e5%85%88%e5%8f%96%e3%82%8a%e3%82%88%e3%82%8a%e8%82%b2%e3%81%a1%e5%be%85%e3%81%a1-%e6%b2%96%e7%b8%84/
  3. 日本の家計における教育支出の分析(神戸大学)
    https://da.lib.kobe-u.ac.jp/da/kernel/81008398/81008398.pdf
  4. 教育投資と所得階層の関係(追手門学院大学)
    https://www.i-repository.net/contents/outemon/ir/102/102170901.pdf
  5. 母語と第二言語習得の関係(Colorín Colorado)
    https://www.colorincolorado.org/article/language-acquisition-overview
  6. Threshold Hypothesis(閾値仮説)
    https://en.wikipedia.org/wiki/Threshold_hypothesis

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