修学旅行の行き先で語れない学校改革 ~人口減少社会における公教育の責任~

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「宿泊研修はBBQ、修学旅行はディズニー」。

この見出しがこれほど注目を集めた理由は、行事内容そのものの是非ではない。多くの人が直感的に抱いた違和感の正体は、人口が減り続ける社会の中で、学校が何を根拠に存続を正当化しようとしているのかという、より深い構造的問題にある。

学校が工夫を凝らし、生徒を集めようとする努力自体を否定するつもりはない。現場の先生方が、厳しい条件の中で知恵を絞っていることも理解している。しかし、その努力が「学校改革」と呼ばれるとき、私たちは一度立ち止まって考える必要がある。
それは本当に改革なのか。それとも、人口減少社会における一時的な延命策なのか。

「改革」と呼ばれる前に問うべき前提

定員割れ校の取り組みが示したもの

以下、参考記事①②の内容を統合して要約する。

大阪府立八尾翠翔高校は、少子化と私立高校授業料無償化の影響を受け、5年連続で定員割れという状況に置かれてきた。大阪府では「3年連続定員割れ」が再編整備の判断基準とされており、同校は存続の可否が現実的な問題となっていた。

こうした中、校長交代を契機として、従来の厳格な生徒指導の見直しが行われ、スマートフォン校内使用ルールの段階的緩和、生徒の声を反映した行事改革、修学旅行先をディズニーリゾートに変更する施策などが実施された。加えて、学校ホームページやSNSを刷新し、生徒の学校生活を積極的に発信する広報戦略も取られた。

その結果、志願者数は増加し、倍率は0.68倍から0.96倍へと回復した。一方で、これらの取り組みが「教育の本質的改革と言えるのか」「人気取りに過ぎないのではないか」という批判的な視点も提示されている。

個別校の回復と、社会全体の縮小は同時に進む

ここで重要なのは、一校単位の成果と、社会全体の趨勢を切り分けて考えることだ。
志願者数が増え、倍率が回復したという事実は否定できない。しかし、それは社会全体の人口動態とは無関係に起きている局所的現象にすぎない。

日本の18歳人口は、1992年の約205万人をピークに減少し、2024年には約110万人と、30年余りでほぼ半減している。

人口が半減する社会で、学校の数だけを維持し続けることは不可能である。誰かが回復すれば、誰かは空く。人口減少社会では、競争の勝者が生まれる構造そのものが、再編を前提としている。

再編の波はすでに大学に及んでいる

この構造は、高校に限らない。大学もまた、すでに再編の段階に入っている。

文部科学省の資料によれば、全国の大学の約6割が定員割れの状態にあり、特に地方私立大学では、国からの補助金がなければ経営が成り立たないケースが増えている。

高校で起きている問題は、大学で既に起きている現実の「時間差の反映」にすぎない。教育の再編は、高校だけの問題ではなく、初等・中等・高等教育を貫く国家的課題である。

私立のない地域で、公教育は代替不能である

ここで必ず触れておかなければならないのが、地域格差の問題である。

都市部では、公立高校・私立高校・通信制・広域通学など、複数の選択肢が存在する。しかし、地方や過疎地域、そして離島では事情がまったく異なる。

そこには、「公立高校しか存在しない」、あるいは「公立高校がなくなれば、進学そのものが困難になる」という地域が、現実に存在する。

離島や山間部において、公教育は「数ある選択肢の一つ」ではない。生活インフラそのものであり、教育機会を保障する最後の砦である。

学校削減ではなく、教育資源の再配置が問われている

再編という言葉は、しばしば「学校を減らすこと」と誤解される。しかし本質はそうではない。
教育資源を、どこにどう配置するかという判断である。

  • 私立の代替が存在しない地域には、公立を残す
  • 通学困難地域では、指導体制をより厚くする
  • 都市部では、役割が重複する学校を整理する

こうした判断こそが、地域格差を拡大させないための再編である。


補助金は延命ではなく移行のために使われるべきだ

私立高校授業料無償化(高等学校等就学支援金制度)には、年間およそ4,000億円規模の国費が投じられている。

この制度は、家庭の経済的負担を軽減するという点で重要である。しかし同時に、その資金が「学校数の維持」や「集客競争」にのみ使われるのであれば、地域間格差を是正する力にはならない。

補助金は、教育の延命装置ではなく、再配置と質向上のための移行資金として使われるべきである。

行事の刷新を改革の評価軸にしてはならない

BBQやディズニーは、生徒募集の入口にはなり得る。短期的な存続戦略として理解もできる。しかし、それは教育改革の評価基準にはならない

行事は補助線であり、中心線ではない。この主従関係を取り違えたとき、学校は「選ばれる努力」に疲弊し、学びの本質から離れていく。

日本の教育を支えてきたのは公教育である

ここは、はっきりと書いておきたい。

日本の教育水準を支えてきたのは、私教育ではない。
公教育である。

都市部の進学校だけでなく、地方の小さな学校、離島の公立校、選択肢の少ない地域で子どもたちを支えてきたのは、常に公教育だった。
この事実は、今後も変わらない。

私塾や私立は重要な役割を果たすが、それはあくまで補完的存在であり、教育の基盤そのものではない。

公教育の将来は、残す判断によって決まる

改革とは、学校を必死に「選ばせる」ことではない。人口が減り、地域ごとの教育条件が大きく異なる社会において、真に問われているのは、どこに公教育を残し、どこで役割を組み替えるかを、国と自治体が責任をもって判断できるかという一点である。私立の代替が存在しない地方や離島では、公教育は今後も日本の教育を支える唯一の基盤であり続ける。一方で、都市部において役割が重複する学校を無理に存続させることは、教育の質も地域格差是正も生まない。修学旅行の行き先を変えることを改革と呼んでいる限り、日本の教育は人口減少という現実に追いつけない。公教育は守るべき場所に集中して守り、再編すべき場所では迷わず組み替える――それこそが、次の時代に向けた唯一の教育改革である。


執筆者情報

比嘉 大(ひが たけし)
沖縄県を拠点に、中学受験・高校受験に関する情報発信を行う教育インフルエンサー。
講師歴20年以上。
学習塾の運営のほか、調剤薬局、ウェブ制作会社、ウェブ新聞「泡盛新聞」の経営など、25歳で起業して以来、自社7社・間接経営補助10社を展開。
「教育が沖縄を活性化させる」という志を持ち、地域学力や家庭教育の課題について積極的に発言している。

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